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メッセンジャーだ。 自転車便ですよ。 うちの老兵の天敵だ。 メッセンジャーは僕の左脇を通過して、同じように信号を待っている。
黄色と黒のウェットスーツのようなユニフォームが “メッセンジャー焼け“ した浅黒い肌にやけに似合っている。

いつものように、肩にはトランシーバーらしきものから、雑音が聞えていて、背中には黄色と黒のバッグ、赤で会社の名前。
そしてあの、ラグビーボールを半分に割って切れ目を入れたようなヘルメットは必要なのか? といつも思う。

とにかくメッセンジャーは速い。 速くなるためにメッセンジャーをやっているのか、 メッセンジャーだから速いのかはわかりませんが。
スクーターに乗っている友達によると、信号無視をバンバンやるから、という説もあるが、とにかく、彼らには何度も屈辱を味わわされてきた。
うちの老兵、こう見えても2・3年前はバイク便と競っていたんです。
スピード違反で捕まったことも、今となっては誇らしい。

しかし、最近は、コンビニの袋をさげたおばちゃんスクーターにもうっちゃられている。
もうじき、ママチャリにパッシングされるかも知れない。
勝負?!  いや、別に勝負ではないんですけどね、これから走ろうとしている時に、誰かが隣に来れば、 
「俺はねー、マケナイんだよ、お前なんかニャー!」 っていう感じになるじゃあないですか、人間の本能ってやつですよ。

今日のメッセンジャーは何処まで行くのか? 別れる場所がゴール地点だ。
ポールポジションを獲ったアイルトン・セナが、宿敵、アラン・プロストを迎える心境と似ている。 と思った。
少し違うのは、相手のメッセンジャーは何も知らない・・・・。

予想として、ヤローは汐留の何らかのオフィスから、霞ヶ関の官庁、あるいは省庁、に届け物か、六本木ヒルズと言う可能性が高い。 
ふと見ると、今日のヤローの太ももの筋肉はボブサップのように隆々としている。 今までのバトルから見るとこのタイプは坂道に強い、もし六本木ヒルズまでだとしたら 
“溜池〜六本木間” の坂道は楽々登るに違いない、と思った。
僕は、一分の隙もないレース展開を、頭に叩き込んだ。 

信号が青になった。当然のことながらヤローは自転車のため加速はない。
新橋の駅のガードをくぐって内幸町の赤信号の交差点で止まった。
バックミラーを見る。 もうすでに、ヤローの存在はバックミラーの半分を制していた。

「はッ  速い!・・・・」 
人生のピンチに、いつも、つい、つぶやいてしまう口癖が出る。
「・・・フフッ・・・・  笑わせるゼ・・・・・」
やがて 溜池の交差点を左に曲がって六本木までのダラダラとした坂道だ。
この坂道が問題だ。  つい2・3日前、この坂道を上っていると、晴れているのに、バックミラーに霧が写っている。

何かと思いきや、なんと、うちの老兵が、松田優作のべスパのように煙を (モック モック) と吐き出していた。 
普通に走っていても普通じゃないのに、10キロ以上の荷物を積んでいるのだから無理もないのだ。 気が付くと、近くを歩いていた年輩の女性が非難していた。

坂道の途中の赤信号で止まった。 ヤローは僕の左脇を通過しようとした、そのとき ぼくのことをチラっと見た、あの目・・・、 そおー、 それは、バラエティー番組でデヴィ夫人が出川哲郎を見る、あの目だ!
そして、得意の信号無視! 
『やーーりやがったな!』
僕の右のこめかみから音が聞こえた。  『ぶッッッちッ!!』
そのとき、僕の守護霊は、アイルトン・セナに代わった。

青信号と共に老兵は飛び出し、 《六本木通り》 をぶっ飛ばした。
そして、怒りのゴボウぬきだ。   (自転車一台) 
ヤローは、怒りに震えたぼくの両肩を見て怖気づいたのか左折していった。
しかし実際は、スピードの出しすぎで、ハンドルがぶるぶる震えていたのだが・・・

『フー・・・勝ったー・・・!』   お店に着いたぼくは、今日のバトルに満足していた。
こんなとき僕は、最近パッケージが変わったマイルドセブンに、昨夜、ローソンで買った105円のライターで火を付ける。そしてその後、ひと仕事を終えた男の爽快感と、勝利の優越感にひたりながら、魚を店の中に運ぶのだった。
この老兵との別れも、そう遠い事ではないと思っていた。



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